大阪高等裁判所 昭和26年(う)1041号 判決 1952年3月03日
控訴人 京都区検察庁 検事 橋本東一郎
被告人 鄭徳秀 弁護人 田中福一
検察官 西山兢関与
主文
原判決を破棄する。
本件を京都簡易裁判所に差し戻す。
理由
京都区検察庁検事岡正毅の控訴趣意及び弁護人田中福一の答弁は本件記録に綴つている控訴趣意書並びに答弁書記載のとおりであるから引用する。
控訴趣意第二点について、
凡そ告発はそれが単に犯罪捜査の端緒に止まる場合であつても、更に同時に訴訟条件を成す場合であつても毎に刑事訴訟法上の告発と認められるものであることを必要とし、その手続は同法所定の形式に従うべきを本則としその効力の有無は専ら同法の趣旨に従つてこれを決定すべきであつて本件国税犯則取締法による告発であつても検事所論のように刑事訴訟法及び刑事訴訟規則を離れてその手続につき格別の準拠法があるのではない。
蓋し所論引用に係る国税犯則取締法施行規則第一二条の規定は同施行規則第八条の規定と共に収税官吏が犯則事件の調査として国税犯則取締法第一条に規定する質問、検査、領置をし同調査上必要な処分として同法第二条に規定する臨検、捜索又は差押をした場合に其の顛末を記載する書面の形式について基本的の規定と思料せられる同法第一〇条の規定に対する補充的乃至附加的のものであつて収税官吏の作成すべき書類の形式に関する通則として独立した規定であると解することはできないからである。而してこのことは叙上の取締法並びに同法施行規則を通覧して検討するときは文理解釈上自明に属し説明に多言を要しないところである。従つて右施行規則第一二条は収税官吏が国税犯則取締法第一条第二条等によつて犯則事件の調査、処分をした場合には同法第一〇条に従つて其の顛末を記載する書面を作成し立会人又は質問を受けた者と共に署名捺印し同法施行規則第八条所定の調査、処分に該当する場合にはその場所及び時等をも記載した上更に該調査及び処分に関する書類には毎葉契印し文字の挿入、削除又は欄外記入をした場合にはその部分に認印すべきことを命じたものに外ならないのであるからこの規定あるの故に本件告発書が刑事訴訟法適用の範囲外にあるものとする所論は到底失当たるを免れない。
次に進んで本件告発書(記録第二〇丁及び第三一丁)の形式を審査するに同書面は下京税務署長大蔵事務官富田辰次の作成名義に係るところ作成者の記名と認むべきものあるも署名並びに押印なく二葉に亘る書面であるに拘らず契印が施してないのであつて刑事訴訟規則第五八条所定の形式を備えないものであること明らかである。そして本件における告発は単なる搜査の端緒に止まらず検察官が公訴を提起するについての適法条件であるに拘らず、検察官においてその形式審査をおろそかにし叙上の甚しき瑕疵のある告発書を漫然受理してこれをそのまゝ起訴条件を証明する資料に使用したことは現行刑事訴訟法の採用する当事者主義の精神に照らし原告官としての措置妥当を欠くものといわねばならない。
しかしながら翻つて考えるに告発は元来犯人又は被害者以外の者が捜査機関である検察官又は司法警察員に対して犯罪事実を申告することを内客とするものであつて、その用語について裁判所法第七四条の規定の適用を受けないばかりでなく、それ自体が断罪の資料となるものでもないからこの本来の特質に鑑み告発が書面によつて行われた場合に該書面の形式は刑事訴訟法上爾余の訴訟行為に関する書面のように厳格に規律せられることを要するものではなく告発の権限ある者から捜査機関に対して特定の犯罪事実につき実際上その申告があつたことの認められる限り有効な告発があつたものと解するを相当とする。而して本件の告発書がその形式の上に相当の瑕疵を包含するものであることは前叙のとおりであるが、なお下京税務署長富田辰次が被告人鄭徳秀の酒税法違反事件につき調査し犯則事実ありと認めてこれを本件起訴の日以前である昭和二五年八月一日京都区検察庁検察官に対し国税犯則取締法第一四条第二項による告発として書面により申告したことが認められない訳ではなく更に当審で新たに取調べた証人富田辰次の証言並びに検察官から提出せられた書証に徴するときは前記告発が実際上行われたことは一層明瞭であるから原審が本件の訴訟条件である税務署長の告発がないものとして公訴を棄却したのは不法であるというべく論旨は結局理由あるに帰するから原判決はこの点において破棄を免れない。
仍て爾余の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三七八条第二号第三九八条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 富田仲次郎 判事 棚木靱雄 判事 入江菊之助)